波留

あさが来た 波留がきたぁ~  ディーン・フジオカより 

あさが来た 波留がきたぁ~

朝のNHK連続テレビ小説『あさが来た』で元気イッパイ四股踏みする

白岡あさ役 波留さんは

下積み時代がかなり長く、

登場シーンが数秒しかない役、

主人公の引き立て役、

いじめっ子や不良など汚れ役と言われるような役を演じることが多かった。

オーディションで「200連敗くらい」していたらしい

私としてはどこか『優香』ににててタニタ食堂を思い出す。

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波留の演じる白岡あさのモデル広岡浅子さんは

1884年(明治17年)ごろから炭鉱事業に参画し、

筑豊の潤野炭鉱(福岡県飯塚市、後の八幡製鐵所二瀬炭鉱)を買収して、開発に着手。

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その際、単身炭鉱に乗り込み、

護身用のピストルを懐に坑夫らと起き伏しを共にしたらしい。

 

このように男もためらうような

冒険的事業に敢えて乗り出したので、

狂気扱いされたこともあった。

1888年(明治21年)に鹿島銀行を設立。

 

 

続いて1902年(明治35年)に大同生命創業に参画するなど、

加島屋は近代的な金融企業として、

大阪の有力な財閥となる。

 

 

 

これらの活躍により、広岡浅子は鈴木米(鈴木商店)、

峰島清子(尾張屋銀行)らとともに、

明治の代表的な女性実業家。

 

あさが来た出演者には

福沢諭吉さんや

五代友厚さん⇒ディーン・フジオカ

そして新選組とかおもろい配役

 

その中に鶴瓶師匠もいたり

高視聴率を獲得できていることもわかります。

 

 

また主題歌のAKB48の『365日の紙飛行機』もドラマの内容にピッタリ

心が『ウキウキ 朝からスッキリ』

 

久々の『ヒット』あまちゃん以来の

見逃したらヤバイ『朝ドラ』

見逃し厳禁(´;ω;`)です

 

あさが来たの「秘密第2弾」

▶大変な状況でも夫は・・・

彼は坊っちゃん育ち故、経営の才能こそ
なかったものの心穏やかな人だったらしく
世が世なら平穏な人生を優雅に送れたでしょう。

ところがボンボンの夫は「金儲けは性に合わんねん」と三味線など風雅に興じるばかり。いよいよ倒産かという状況を救ったのが浅子だ。諸藩の蔵屋敷に出向き、逃げ回る家老らの首根っこを押さえ、少しでも返済を迫ったという。さらに男顔負けの太っ腹で、筑前潤野(うれしの)炭鉱を買収し経営に参画。

大金が絡む仕事をしている方はとにかく物騒ですからね。。。

▶銀行や生命保険会社を立ち上げた実業家

設立は浅子さんの力があってこそ

浅子は、簿記、算術、法律、経済など実業に必要な幅広い知識を独学で修得し、鉱山と銀行の経営にあたった。数字に強く、先を読む力のあった浅子は、大同生命の創業にも携わっている。

▶女子の教育に力を入れた人

29年成瀬仁蔵著『女子教育』に共感し日本女子大学校創立発起人となり同校の開校に尽力し,その後も評議員として援助を続けた。34年愛国婦人会評議員となり大阪支部授産事業に尽力。44年大阪教会で受洗。翌45年から没するまで,日本YWCA中央委員を務めた。活躍の舞台は財界,教育界,婦人界におよんだ。

夫の死後、娘婿に事業を譲り、浅子は女性の人権・地位向上に尽力する。特に、売春問題に苦しむ女性の救出に力を注ぎ、大阪愛国婦人会の指導者として国策にも協力した。

朝ドラの視聴率30%を超える理由は「女性のやる気」

なぜこんなに人気なのか
それは⇒ 自分でなにかを起こしているからだ!!
いつやるんですか「いまやるんです」
だれがやるんですか「わたしがやるんです」
なぜ「結果を恐れないから」

2015年度後期のNHK連続テレビ小説「あさが来た」(9月28日スタート)のヒロインが12日発表され、女優の波瑠(23)がNHK大阪放送局でお披露目された。

 春らしい白いワンピースを身にまとい、会場に姿をみせた波瑠。前日に大阪入りし、「最終オーディションの追試を受けてもらうと言われてきた」と説明。直前に受けた朗報に驚きながら、集まった報道陣を前に緊張気味に微笑んだ。

■今回のモデルは”広岡浅子”・一体どんな人?

相撲が大好きなキャリアウーマン

出典tsunebo.com

お写真のインパクトがハンパないです・・

広岡 浅子(ひろおか あさこ、1849年10月18日(嘉永2年9月3日) – 1919年(大正8年)1月14日)は、日本の実業家、教育者、社会運動家

富豪・三井高益の三女として、女性らしく、和歌や書道、茶華道などを学ばせられた。だが、生まれつき勝気だった浅子は、「女子も人間です。人間は学問をしなければなりません。女子にも学ぶ機会さえ与えられれば、必ず修得する頭脳はあります」と、事あるごとに両親に反抗して育ったという。
当時は上流階級の子女でも、女性の学問は軽んじられ、学校教育を受けられなかった。この幼少期の経験が、浅子の人生に大きな影響を与えたようだ。

女性が社会の表舞台に出ることは極めてまれな時代に銀行や生命保険会社を立ち上げ、さらに、日本ではじめてとなる女子大学の設立に尽力した女傑だ。

▶転機は17歳?

17歳で大坂の富豪加島屋(かじまや)広岡信五郎と結婚。維新後は実業界にはいり,鉱山を経営。

まだ十七歳の少女だったが、幕府の崩壊によるパニックをもろに受けなければならなかった。九百万両という巨額の大名貸しが返済されず、証文は紙きれ同然になったからだ。天王寺屋、平野屋、茨木屋、和泉屋などの大坂の両替商は、軒並みに倒産する。

出典なにわ人物伝 -光彩を放つ-


NEVERまとめ
より次回はその後です


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